かんぼつの雑記帳

日々考えたこと、感じたことを気ままに投稿しています。更新は不定期ですがほぼ月一。詳しくはトップの記事をお読みください。

店長と「あれ」

ちょっと前まで、僕は飲食店でアルバイトをしていた。それなりに長い期間やっていて、そのあいだに店長も2度ほど代わった。

どの店長も全然違うタイプの人で、同じ店長といっても、やはり職種や役職で十把一絡げに括れはしないもんだなと、そう思った記憶がある。それぞれに個性的で印象には残っているのだが、最近よく思い出すのは最後の店長だ。

もちろん、最近までよく接していたのはその店長だから、そういう意味でこの店長のことをよく思い出すのは当たり前なのかもしれない。でも僕がこの店長を思い出すのは最近まで一番接していたからではなくて、この頃この店長と僕が似ているなぁと思うことが多いからである。まぁどちらかといえば悪い意味で。


僕がこの店長と最初に会ったのは、彼が赴任してきて数日経った日のことだ。その日はシフトに入っていたのだけれど、シフトの時間帯はちょうどかきいれどきで、僕は店長への挨拶もそこそこに持ち場に入った。多少失礼かなとは思ったのだけれど、まぁ放っておけばそのうち向こうが暇を見つけて挨拶してくるだろうと、ひとまずは目の前に山積みの仕事に集中することにしたのである。

ピーク中の飲食店の厨房というのは、まぁよそは知らないけれど、僕が働いていたところに限っていえば、秒単位で作業の優先順位が入れ替わる場所だ。たとえばサラダを盛り付けていても、揚げ物の注文がくれば、揚げ物は確実に揚げ時間を取られるから先に着手しなければならず、サラダ作りは中断させられる。何か仕込みがなくなればその都度食材を冷蔵庫からとってきて仕込み直さないといけなくなるが、そのあいだにも注文を捌かなければいけなかったり、それらをすべて途中でほっぽって、残数が減ってきた皿やお椀などの食器を、食器洗い場の洗い上がりカゴに取りに行かなければならないこともある。まぁそんなわけで基本的にピーク中は頭も手も空くタイミングがなく、僕は店長のことをすっかり忘れていた。

しかしそうして時間に追われたピークがようやく終わり、退勤時間になってみると、僕は店長にまだ挨拶をしていないことを思い出した。そんなこんなで制服から私服に着替えると、僕は社員がいつも詰めている事務室に向かった。

これは今までの経験上の話だが、通例この手の挨拶というのは、どちら側から声をかけるにせよ、一度始まれば店長側のペース。僕はちんぷんかんぷんなコミュ障学生だったから気の利いたことなんて何一ついえなかったけれど、向こうは大人だから、一通りの挨拶の定型は心得ているし、それに合わせて相槌を打つなり、それっぽい返事をしておけば今までは「あ、なんか顔合わせの挨拶をやったんだな」という実感が持てたのである。

ところが、この店長とのあいだには、そういうやりとりがまったく成立しなかった。僕が声をかけて名乗り、「よろしくお願いします」というと、店長は「よろしく」といったあと、こいつ何しにきたの? みたいな感じで僕をみるばかり。僕は僕でほかに言うこともないので、数瞬沈黙したのち、適当に言葉を濁して早々に辞去してしまった。

そのときの店長の印象は、もちろん良いとは言えなかった。いつも今までの店長たちとのあいだでは当然のように成立していた「なにか」、今までの店長たちがやってくれていた「あれ」がなかったからである。肩透かしを食らったというか、なんか違和感があるというか、とにかくこの人は変な人だなぁと思った。

とはいえ、べつに僕のなかで変な人という評価はそれのみではマイナスでもプラスでもないし、それにいざ付き合い始めてみるとこの店長は事務的な会話は徹底的に事務的でやりやすく、僕としては一緒に働きやすく、さっぱりしていて好きな部類だった。でも案の定ほかの人たちからは不興を買っていて、僕が今まで関わってきた店長のなかではいちばんバイトからの評判が悪かった。

僕は店長が好きだったけど、反面嫌う人たちの気持ちもわかった。とにかくあの店長はふつうの人とモードが違うのだ。ふつうなら出てくるはずの言葉が出てこないし、やりとりもどこかそっけなく、スパーンとしている。べつに不愛想なわけではなく、変に不機嫌になったりもしないけど、なんとなく人間味に欠けるというか、なんというか。しかしおそらく本人はそれに気づいていないし、下手すれば一生気づかないだろう。あの店長は、ふつうの人がやってくれる「あれ」をやらないし、おそらくはできない。今までの店長があたりまえのようにやっていた「あれ」を。


で、話は冒頭に戻る。僕はこのごろ社会人として、また新たな環境で、いろんな人とうまくやっていかなければならなくなった。でも僕は昔から人付き合いが苦手で、やっぱり他の人があたりまえのようにやれているコミュニケーションがとれない。おそらくそのことから生じる悩みは、職場に馴染むまで、そして社会人の作法を身につけるまで続くのだろう。そしておそらくはその後も続くのかもしれない。

いずれにせよ、僕が抱えているその問題は、上司からすればやはり僕の態度や言葉遣いの問題、らしい。たとえば僕の口癖や笑い方が人を馬鹿にしているようだとか。細かいことはもっといろいろ言われているが、ようするに細かな挙動やなんやがあいまって、僕は全体的に「感じの悪い」人間なのだろう。幸い根が悪いわけではない(おそらく)ということについてはその上司にも理解してもらえていると思うのだけど、印象の力というのは絶大だ。だからどうにか直したい。直したいのだけれど、やはり僕本人には自覚がなく、そういうふうに逐一いってもらわなければ直らないようなのだ。

この問題に直面するたびに、やはり僕はあの店長のことを思い出す。店長は言うべきことを言えない人だった。どこか人と振る舞いが違って、そのことで嫌われていた。「あれ」ができない人だった。もちろんそれを思い出したからといって、自分の自覚が深まるわけではまったくない。それはそうなんだけど、でも店長のことを思い出すと、まぁこういうおかしなやつはどこにだっていて、なかには店長なんていう大役をやりおおせてるやつもいるんだよなと、勇気付けられる気がするのである。